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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)227号 判決 1998年9月08日

原告 カルソニック株式会社

被告 サンデン株式会社

主文

特許庁が平成7年審判第20944号事件について平成8年8月30日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1原告が求める裁判

主文と同旨の判決

第2原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

被告(審判被請求人)は、発明の名称を「容量可変型斜板式圧縮機」とする特許第1711111号の特許発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。なお、本件発明は、昭和59年2月21日に特許出願され、平成2年12月20日の出願公告(平成2年特許出願公告第61627号)を経て、平成4年11月11日に特許権設定の登録がされたものである。

原告(審判請求人)は、平成7年9月26日に本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求し、平成7年審判第20944号事件として審理が開始されたが、被告が平成8年1月22日に明細書を訂正(以下「本件訂正」という。)することについて審判を請求したところ、平成8年8月30日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年9月17日にその謄本の送達を受けた。

2  本件発明の特許請求の範囲(別紙図面A参照)

(1)  本件訂正前

クランク室に配置された斜板と、シャフト軸と平行に配置された複数のシリンダーに摺動可能にそれぞれ配置された複数のピストンと、該ピストンを前記斜板に連結するための連結機構と、前記斜板の傾斜角が予め定められた範囲で変化可能に前記斜板を前記シャフト軸に支持するためのヒンジ機構と、前記クランク室圧力を調整するための調整手段とを有し、前記斜板の両面に球面を有する一対のスライディングシューをその球面を外側にして該斜板の円周に沿って摺動可能な状態に当接して前記連結機構を構成し、前記ピストンの一端で前記一対のスライディングシューを挟持して、前記ピストンを前記斜板に連結し、前記シャフト軸の回転によって、前記斜板を回転させ、前記ピストンを前記シリンダー内で往復運動させ、前記調整手段によって前記クランク室圧力を調整することによって前記斜板の傾斜角を変化させて、前記ピストンのストローク量を変化させるようにしたことを特徴とする容量可変型斜板式圧縮機

(2)  本件訂正後

クランク室に配置された斜板と、シャフト軸と平行に配置された複数のシリンダーに摺動可能にそれぞれ配置された複数のピストンと、該ピストンを前記斜板に連結するための連結機構と、前記斜板の傾斜角が予め定められた範囲で変化可能に前記斜板を前記シャフト軸に支持するためのヒンジ機構と、前記クランク室圧力を調整するための調整手段とを有し、前記斜板の両面に球面を有する一対のスライディングシューをその球面を外側にして該斜板の円周に沿って摺動可能な状態に当接して前記連結機構を構成し、先端部が2叉に分離されたピストンロッドが、前記一対のスライディングシューを挟持し、前記2叉の最先端部を前記斜板と前記ヒンジ機構との間に配設して、前記ピストンを前記斜板に連結し、前記シャフト軸の回転によって、前記斜板を回転させ、前記ピストンを前記シリンダー内で往復運動させ、前記調整手段によって前記クランク室圧力を調整することによって前記斜板の傾斜角を変化させて、前記ピストンのストローク量を変化させるようにしたことを特徴とする容量可変型斜板式圧縮機

3  審決の理由

別紙審決書「理由」写しのとおり(なお、以下審決が援用している米国特許第4,425,837号明細書を「引用例1」、米国特許第4,073,603号明細書を「引用例2」という。)

4  審決の取消事由

審決は、本件訂正が不適法であるにもかかわらずこれを許容して本件発明の技術内容を認定したものであって、違法である。また、仮に本件訂正が適法であるとしても、審決は相違点の認定あるいは判断を誤った結果、本件発明の進歩性を肯定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  本件訂正の適否について

審決は、「訂正後の発明が独立して特許を受けることができるものである」として本件訂正を許容したが、誤りである。

本件訂正は、本件発明の特許請求の範囲における「前記ピストンの一端で前記一対のスライディングシューを挟持して」という記載を、「先端部が2叉に分離されたピストンロッドが、前記一対のスライディングシューを挟持し、前記2叉の最先端部を前記斜板と前記ヒンジ機構との間に配設して」に改めることを骨子とするものである。そして、審決は、本件訂正後の本件発明(以下「訂正発明」という。)と引用例1記載の発明とを対比して、相違点1(別紙審決書「理由」11頁9行ないし14行)及び相違点2(同11頁15行ないし19行)に係る訂正発明の構成には進歩性ないし新規性がないが、相違点3(同11頁20行ないし12頁3行)に係る訂正発明の構成(すなわち、「2叉の最先端部を斜板とヒンジ機構との間に配設」する構成)は本出願前に頒布された刊行物に記載されておらず、当業者が容易に想到しえたものではない旨説示している。

しかしながら、訂正発明の特許請求の範囲には「ヒンジ機構」の配設位置が何ら規定されていないし(したがって、別紙図面Aに図示されている位置には限定されず、例えば引用例1の図面である別紙図面Bに図示されている位置でもよいことになる。)、本件訂正後の明細書には、ピストンロッドの「2叉の最先端部を前記斜板と前記ヒンジ機構との間に配設」することの技術的意義が何ら記載されていない(したがって、ピストンロッドの「2叉の最先端部」の配設位置は、別紙図面AあるいはBに図示されているようなシャフト軸に平行な位置に限定されないことになる。)。そうすると、訂正発明の要件であるピストンロッドは、その最先端部が文字どおり「斜板とヒンジ機構との間」に配設されれば足りることになる。

一方、別紙図面Bには、2叉に分離されたブリッジ70が一対のボール80を挟持することが図示されているところ、ブリッジ70の右側に続く部材40は、ガイドシリンダ30内を滑動してブリッジ70を案内するリブにすぎないから、ピストンロッドの「最先端部」はブリッジ70の最先端部と考えるべきである。そして、そのブリッジ70の「最先端部」は、斜板44の上端に平行な線と、ヒンジ機構を構成するアーム64の上端に平行な線との間に配設されていることが明らかである(なお、上記のブリッジ70の「最先端部」が、斜板44の上右端に垂直な線と、アーム64の右端に垂直な線との間に配設されていることも明らかである。)。

このように、相違点3に係る訂正発明の構成は引用例1に記載されているから、訂正発明は本出願の際独立して特許を受けることができないものであって、本件訂正は不適法である。したがって、本件訂正を適法なものとして本件発明の技術内容を認定し、これと引用例1記載の発明とを対比した審決の認定判断には、その結論に影響を及ぼす重大な違法がある。

(2)  相違点の認定の誤り

仮に、本件訂正が適法であるとしても、審決の相違点の認定は誤りである。すなわち、審決は、訂正発明が相違点3に係る構成を要件とするのに対して、引用例1にはこの構成が記載されていない旨認定している。しかしながら、引用例1に相違点3に係る構成が記載されていることは前項のとおりであるから、相違点3に係る構成は訂正発明と引用例1記載の発明の相違点ではなく、一致点として認定されるべきものである。

(3)  相違点の判断の誤り

仮に、相違点3に係る審決の認定が正しいとしても、本件訂正後の明細書には相違点3に係る構成によって得られる作用効果について何ら記載されていないことから明らかなように、相違点3に係る訂正発明の構成は格別の作用効果を奏するものではない。したがって、相違点3に係る訂正発明の構成は、当業者が適宜になしえた設計事項の域を出るものではなく、訂正発明の進歩性を根拠付けるものではない。

この点について審決が説示している「部品点数が少なく、ガタが生じにくく、圧縮容量制御をスムーズに行うことができる」という作用効果は、相違点3に係る訂正発明の構成とは関わりがないものである。

第3被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  本件訂正の適否について

原告は、別紙図面Bにおいてブリッジ70の右側に続く部材40はブリッジを案内するリブにすぎないから、ピストンロッドの「最先端部」はブリッジ70の最先端部と考えるべきところ、そのブリッジ70の「最先端部」は斜板44の上端に平行な線と、ヒンジ機構を構成するアーム64の上端に平行な線との間に配設されている旨主張する。

しかしながら、引用例1記載の「可変容量型アキシャルピストン機械」は、ピストンヘッド34、ピストンガイド36及び直角案内リブ40からなる単一ヘッドピストン32が、一体となってガイドシリンダ30内を往復動するものであるから、「直角案内リブ40」は、単一ヘッドピストン32を正確に往復動させる部材として、引用例1記載の発明の不可欠の要件である(これに対して、訂正発明では、ピストン21自体がシリンダーボア2aに支持されているので、案内部材は不要である。)。したがって、引用例1記載の発明では、直角案内リブ40の右下端がピストンロッドの「最先端部」に相当するから、別紙図面Bにはブリッジ70の「最先端部」を斜板44の上端に平行な線と、ヒンジ機構を構成するアーム64の上端に平行な線との間に配設したものが図示されている旨の原告の主張は誤りである。なお、原告は、訂正発明におけるピストンロッドの「2叉の最先端部」の配設位置は、別紙図面AあるいはBに図示されているようなシャフト軸に平行な位置に限定されない旨主張するが、後記3のような作用効果を得るように合理的に設計すれば、ピストンロッドの「2叉の最先端部」の配設位置は自ずと決まることであるにすぎない。

したがって、相違点3に係る訂正発明の構成は引用例1に記載されておらず、訂正発明は本出願の際独立して特許を受けることができるものであるから、本件訂正を適法なものとして許容し、これに基づいて本件発明の技術内容を認定した審決に誤りはない。

2  相違点の認定について

引用例1には相違点3に係る訂正発明の構成が記載されていないことは前記のとおりであるから、相違点3に係る審決の認定に誤りはない。

3  相違点の判断について

訂正発明は、相違点3に係る構成を採用したことによって、

a  シャフト軸方向の寸法を短くして圧縮機をコンパクト化するとともに、斜板の傾斜角を制御するための力の釣合いを達成できる

b  ピストンのガイド部材を省いてピストンの重量を軽減し、往復動による慣性力を小さくできるので、高速運転が可能となる

との作用効果を得ることができるが(これは、当業者ならば訂正発明の明細書の記載から容易に理解できる事項である。)、このように顕著な作用効果は、本出願前に頒布された刊行物の記載からは予測できない。したがって、相違点3に係る訂正発明の構成は格別の作用効果を奏するものではく、当業者が適宜になしえた設計事項の域を出ない旨の原告の主張は失当である。

理由

第1原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。

第2甲第4号証(公告公報)によれば、本件発明の概要は次のとおりである(別紙図面A参照)。

(1)  技術的課題(目的)

本件発明は、冷凍機などに用いられる斜板式の容量可変型圧縮機に関するものである(1欄24行、25行)。

斜板の回転運動をピストンの往復動に変換して冷媒などの流体を圧縮する圧縮機は周知であり、斜板の傾斜角を変化させることによりピストンのストローク数を変化させて圧縮容量(圧縮比)を変化させる容量可変型圧縮機も知られている。これは、シャフト軸に取り付けられた角度が可変の斜板と、この斜板に追随して揺動するとともに斜板の角度の変化に従って角度が変化する揺動板とを備えているものであって、これらの斜板及び揺動板がクランク室内に配置され、揺動板に連結されたピストンが揺動板の傾斜角の変化に伴ってストローク数を変化させ、圧縮容量を変化させるものである(1欄27行ないし2欄14行)。

しかしながら、このような容量可変型圧縮機は、斜板に揺動板を支持するための構造及び斜板の角度を変化させるための軸受構造が複雑であるうえ、揺動板の回転運動を阻止する回転阻止機構が必要である(2欄15行ないし19行)。

この回転阻止機構は揺動板の傾斜角が変化しても機能しなければならないので、定容量型の圧縮機に用いられている「かさ歯車」を組み合わせた構造のものが使用できない。そこで、揺動板の外周から径方向に突出したスライド棒と、クランク室ハウジングにシャフト軸の軸方向に設けられたガイド溝とを備えるようにして、スライド棒がスライド溝中を滑動することによって揺動板の回転運動を阻止する構造のものが採用されているが、摺動部分の耐久性に問題があり、また、シャフト軸に対する揺動板の傾斜角が大きいときは、揺動角速度が一定せず、振動が発生するという問題点もある(2欄20行ないし3欄7行)。

本件発明の目的は、構造が簡単でありながら信頼性の高い回転阻止機能を備えた容量可変型圧縮機を提供することである(3欄9行ないし11行)。

(2)  構成

上記の目的を達成するために、本件発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(1欄2行ないし21行)。

(3)  作用効果

本件発明によれば、従来必要とされていた揺動板が不要であるうえ、複雑な構造の回転阻止機構も必要としないのみならず、斜板の傾斜角を予め定められた範囲で変化させて圧縮容量を簡単に制御することができる(8欄5行ないし11行)。

第3そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

原告は、相違点3に係る訂正発明の構成は引用例1に記載されているから、訂正発明は本出願の際独立して特許を受けることができないものであって、本件訂正は不適法である旨主張する。

検討すると、甲第6号証(米国特許明細書)によれば、引用例1記載の発明は「容量可変型アキシャルピストン機械」に関するものであって、引用例1には次のような記載があることが認められる(別紙図面B参照)。

a  「(従来の)可変容量機械は、可変角度ウオッブル板の格納のためにかなりの数の部品を必要とする。例えば、上記ウオッブル板は、ソケット板の軸受支持及び保持と同様に、回転防止の部材、ピストンとのソケット嵌合連結棒リンク機構、その他を必要とするのが典型である。本発明の容量可変型アキシャルピストン機械は、角度可変の回転斜板を使用することによって、角度可変のウオッブル板を組み込むために通常必要とする多数の部材を必要としない。」(1欄22行ないし34行)

b  「単一ヘッドピストン32は、各ピストンが、それぞれの作動ピストンシリンダ28内に装着されて往復運動する一端部にあるピストンヘッド34、及び、それぞれのピストンガイドシリンダ30内に装着されて往復運動しかつ案内される反対側の端部にあるピストンガイド36から構成された状態で(中略)往復運動する。(中略)ピストンガイド36には(中略)直角案内リブ40が形成されている。リブ40は(中略)部分円筒面が半径方向端部に形成されており、これらの面でガイドシリンダ30面を滑動することによって、ピストンの往復運動時のシリンダ内におけるピストンの軸方向心合わせを維持(傾きを防止)している。」(2欄26行ないし43行)

c  「軸58を中心として旋回すると同時に行われる斜板44の軸方向移動は、斜板の側面46に固定されかつそれから突出して、軸中心線29に直角でかつそれから半径方向に間隔を空けたピン66と、近接側端部が連結された一対のアーム64から構成された、ピン及びガイド装置によって案内されている。案内ピン66は、軸18に形成された弧状の長孔68内で案内され」(3欄10行ないし17行)

d  「斜板44は、側面45及び46がピストン32と滑動自在に駆動かつ旋回する状態に相互接続されて、軸の回転時に往復運動を行う。この機能は、ピストンヘッド34及びピストンガイド端部36とは反対側の各ピストンの内側空間に側面45及び46が配置されるように、斜板44の外周上を越えるブリッジ70を各ピストン32に設けることによって得られる。次に、ピストンヘッド側には、ブリッジ70の一方側のソケット76及び斜板側面45と滑動自在に係合した摺動部材79のソケット78の両者と係合するボール74が、各ピストンに備えられている。また、斜板反対側において、ブリッジ70の反対側のピストンのソケット82及び斜板側面46と滑動自在に係合した摺動部材86のソケット84の両者と係合するボール80が、同様に各ピストンに備えられている。」(3欄25行ないし40行)

以上の記載と別紙図面Bを総合すれば、引用例1記載の発明におけるピストンと斜板との連結機構は、「斜板44の外周上を越えるブリッジ70のソケット76、82」と、「斜板44に係合している摺動部材79、86のソケット78、84」との間に「ボール74、80」を介在させることによって構成されるものであるが、この構成は、訂正発明の特許請求の範囲に記載されている「斜板の両面に球面を有する一対のスライディングシューをその球面を外側にして該斜板の円周に沿って摺動可能な状態に当接して(中略)連結機構を構成し、先端部が2叉に分離されたピストンロッドが、前記一対のスライディングシューを挟持」する構成を完全に満足する。したがって、引用例1記載のブリッジ70のそれぞれの最下端を、訂正発明の要件である「2叉の最先端部」とみることには何らの疑問もないところ、別紙図面Bには、その「2叉の最先端部」が、斜板44の上端に接する水平な線と、ヒンジ機構(ピン66と一対のアーム64)の上端に接する水平な線との間に図示されていることは明らかである。

したがって、相違点3に係る訂正発明の構成が引用例1に記載されていないことを前提として、訂正発明は独立して特許を受けることができるものであるとした審決の認定判断は誤りである。

この点について、被告は、引用例1記載の発明において直角案内リブ40は単一ヘッドピストン32を正確に往復動させる部材として不可欠の要件であるから、直角案内リブ40の右下端がピストンロッドの最先端部である旨主張する。

しかしながら、訂正発明は「先端部が2叉に分離されたピストンロッド」の「2叉の最先端部」が斜板とヒンジ機構の間に配設されることを要件としているのであるから、別紙図面Bにおいて先端部が2叉に分離されたブリッジ70の右側の肢にのみ設けられている直角案内リブ40の右下端が「2叉の最先端部」であるという被告の上記主張は、明らかに不合理である。のみならず、訂正発明の上記構成はピストンと斜板との連結機構の構成として記載されているのであるから、ピストンと斜板との連結には関わりがなく、もっぱら「単一ヘッドピストン32を正確に往復動させる部材」である直角案内リブ40を、連結機構の構成の一部と捉えることには、技術的な合理性がないというべきである。

そうすると、本件訂正が適法であることを前提として本件発明の技術内容を認定し、本件発明の特許には無効事由がないとした審決には、その結論に影響を及ぼすことが明らかな違法があるといわざるをえない。

第4よって、審決が違法であるとしてその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、審決を取り消すこととし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 清永利亮 春日民雄 宍戸充)

別紙図面A

1……シリンダーケーシング、2……シリンダーブロック、3……フロントハウジング、4……シャフト軸、5……ラジアルベアリング、6……シール室、7……メカニカルシール、8……ロータ、9……球面ブッシュ、10……斜板、11……ピン状部材、12……スプリング、13……スラストレース、14……ニードルベアリング、15……ラジアルベアリング、16……スラストニードルベアリング、17……板バネ、18……アジャストスクリュー、19……スライディングジュー、20……ピストンロッド、21……ピストン、22……吸入孔、23……吐出孔、24……弁板、25,29……ガスケット、26……シリンダーヘッド、27……吸入室、28……吐出室、30……連通孔、31……カップリング、32……O-リング、33……台座、34……ベローズ

別紙図面B

(別紙審決書の理由)

理由

1.手続の経緯

本件特許第1711111号発明(以下「本件発明」という。)は、昭和59年2月21日に出願され、平成2年12月20日に、特公平2-61627号として出願公告され、平成4年11月11日に設定登録がされたものである。

これに対して、請求人は、「第1711111号の特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由としているところは、審判請求書及び弁駁書の記載から以下のようになる。

本件発明は甲第1号証に記載された発明に、甲第2号証及び甲第3号証に記載された発明を組み合わせることにより当業者が容易に発明できたものであり、特許法第29条第2項の規定に該当する。そして、この主張を立証する証拠として以下の刊行物を提出した。

甲第1号証 米国特許第4425837号明細書 (1984年1月17日発行)

甲第2号証 米国特許第4073603号明細書 (1978年2月14日発行)

甲第3号証 オーストラリア特許公開明細書第15629号 (1984年2月9日公開)

2.訂正請求・本件発明の要旨

被請求人は、平成8年1月22日付けで、答弁書とともに訂正請求書を提出し、本件発明の明細書を訂正請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正することを求めた。

被請求人が昭和61年12月23日付け補正書により補正された明細書、すなわち本件発明の明細書((本件発明の公告公報である特公平2-61627号公報)(以下「本件公報」という。))の訂正を求めた内容は以下のとおりである。

(訂正事項)

1)請求の範囲第1項を下記に訂正する。

「クランク室に配置された斜板と、シャフト軸と平行に配置された複数のシリンダーに摺動可能にそれぞれ配置された複数のピストンと、該ピストンを前記斜板に連結するための連結機構と、前記斜板の傾斜角が予め定められた範囲で変化可能に前記斜板を前記シャフト軸に支持するためのヒンジ機構と、前記クランク室圧力を調整するための調整手段とを有し、前記斜板の両面に球面を有する一対のスライディングシューをその球面を外側にして該斜板の円周に沿って摺動可能な状態に当接して前記連結機構を構成し、先端部が2叉に分離されたピストンロッドが、前記一対のスライディングシューを狭持し、前記2叉の最先端部を前記斜板と前記ヒンジ機構との間に配設して、前記ピストンを前記斜板に連結し、前記シャフト軸の回転によって、前記斜板を回転させ、前記ピストンを前記シリンダー内で往復運動させ、前記調整手段によって前記クランク室圧力を調整することによって前記斜板の傾斜角を変化させて、前記ピストンのストローク量を変化させるようにしたことを特徴とする容量可変型斜板式圧縮機。」

2)明細書(昭和61年12月23日付手続補正書第3頁18行及び第19行)(本件公報第2頁第3欄第23行及び第24行「ピストンの一端で一対のスライディングシューを挟持して、」を「先端部が2叉に分離されたピストンロッドが、一対のスライディングシューを挟持し、2叉の最先端部を斜板とヒンジとの間に配設して、」に訂正する。

3)明細書第10頁第1行(本件公報第3頁第6欄第5行)「吸入孔21」を「吸入孔22」に訂正する。

4)明細書第12頁第15行(本件公報第4頁第7欄第15行)「序々」を「徐々」に訂正する。

5)明細書第13頁第8行(本件公報第4頁第7欄第28行)「序々」を「徐々」に訂正する。

6)明細書(昭和61年12月23日付手続補正書第5頁13行乃至第15行)(本件公報第4頁第8欄第4行及び第5行)「ピストンの一端で一対のスライディングシューを挟持するようにしたから、」を「先端部が2叉に分離されたピストンロッドが、一対のスライディングシューを挟持し、2叉の最先端部を斜板とヒンジとの間に配設したから、」に訂正する。

7)明細書第13頁第20行及び第14頁第1行(本件公報第4頁第8欄第7行)「回転(自転)阻止機」を「回転(自転)阻止機構」に訂正する。

8)明細書第15頁第1行及び第2行(本件公報第4頁第8欄第28行及び第29行)「19…スライディングジュー」を「19…スライディングシュー」に訂正する。

請求人は、平成8年4月26日付けの弁駁書において、「訂正請求書において本件発明の特許請求の範囲に

(1)  先端部が2叉に分離されたピストンロッドが、前記一対のスライディングシューを挟持し、

(2)  前記2叉の最先端部を斜板とヒンジとの間に配設して、

とする2要件を追加した訂正のうち(2) は本件特許の出願当初の明細書および公告公報には全く記載されていなかった事項である。」旨主張している。

(訂正の可否について)

そこで、訂正の可否について検討すると

訂正事項1)は、ピストンとスライディングシューの位置関係を具体的に限定したものであり、2叉の最先端部を斜板とヒンジとの間に配設することは、公告された明細書及び図面の記載からあきらかであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

訂正事項2)及び6)は、前記1)の訂正にともなって詳細な説明を訂正するものであり、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

訂正事項3)、4)、5)、7)及び8)はいずれも誤記の訂正であることは明白である。そして、訂正事項のいずれも本件発明の明細書及び図面(公告された明細書及び図面)に記載された事項の範囲内のものであって(1) 、2)、6)は出願当初の明細書及び図面にも実質的に記載されていた事項でもある。)、特許請求の範囲を実質上拡張し、又は変更するものでなく、訂正後の発明が独立して特許を受けることができるものであるから、本件発明の要旨は、明細書及び図面の記載からみて、訂正後の「クランク室に配置された斜板と、シャフト軸と平行に配置された複数のシリンダーに摺動可能にそれぞれ配置された複数のピストンと、該ピストンを前記斜板に連結するための連結機構と、前記斜板の傾斜角が予め定められた範囲で変化可能に前記斜板を前記シャフト軸に支持するためのヒンジ機構と、前記クランク室圧力を調整するための調整手段とを有し、前記斜板の両面に球面を有する一対のスライディングシューをその球面を外側にして該斜板の円周に沿って摺動可能な状態に当接して前記連結機構を構成し、先端部が2叉に分離されたピストンロッドが、前記一対のスライディングシューを挟持し、前記2叉の最先端部を前記斜板と前記ヒンジ機構との間に配設して、前記ピストンを前記斜板に連結し、前記シャフト軸の回転によって、前記斜板を回転させ、前記ピストンを前記シリンダー内で往復運動させ、前記調整手段によって前記クランク室圧力を調整することによって前記斜板の傾斜角を変化させて、前記ピストンのストローク量を変化させるようにしたことを特徴とする容量可変型斜板式圧縮機。」

にあるものと認める。

なお、本件発明の明細書及び答弁書からみて「狭持」は「挟持」の誤記であることが、明らかであるので上記のように認定した。

3.対比判断

請求人の提出した甲第1号証乃至甲第3号証には、以下の事項が記載されている。

甲第1号証

「クランク室に配置された斜板と、シャフト軸と平行に配置された複数のシリンダーに摺動可能にそれぞれ配置された複数のピストンと、該ピストンを前記斜板に連結するための連結機構と、前記斜板の傾斜角が予め定められた範囲で変化可能に前記斜板を前記シャフト軸に支持するためのヒンジ機構と、前記斜板の両面に一対のスライディングシューとボールとを組み合わせ、その球面を外側にして該斜板の円周に沿って摺動可能な状態に当接して前記連結機構を構成し、先端部が2叉に分離されたピストンロッドが、前記一対のスライディングシューとボールを挟持し、前記ピストンを前記斜板に連結し、前記シャフト軸の回転によって、前記斜板を回転させ、前記ピストンを前記シリンダー内で往復運動させた容量可変型斜板式圧縮機。」が開示されている。

甲第2号証及び甲第3号証のいずれにも

「クランク室の圧力制御により斜板の傾斜角を変化させてピストンのストローク量を変化させて容量制御をおこなう容量可変型斜板式圧縮機」が開示されている。

(比較検討)

そこで、本件発明と甲第1号証に記載されたものとを比較すると、両者は「クランク室に配置された斜板と、シャフト軸と平行に配置された複数のシリンダーに摺動可能にそれぞれ配置された複数のピストンと、該ピストンを前記斜板に連結するための連結機構と、前記斜板の傾斜角が予め定められた範囲で変化可能に前記斜板を前記シャフト軸に支持するためのヒンジ機構と、前記斜板の両面に一対のスライディングシューと、球面を外側にして該斜板の円周に沿って摺動可能な状態に当接して前記連結機構を構成し、先端部が2叉に分離されたピストンロッドが、前記一対のスライディングシューを挟持し、前記ピストンを前記斜板に連結し、前記シャフト軸の回転によって、前記斜板を回転させ、前記ピストンを前記シリンダー内で往復運動させた容量可変型斜板式圧縮機。」の点で一致し、以下の点で相違する。

1)本件発明がクランク室圧力を調整するための調整手段を有しており、この調整手段によってクランク室圧力を調整することによって斜板の傾斜角を変化させて、ピストンのストローク量を変化させるようにしたのに対して、甲第1号証に記載されたものはそのような構成をとっていない点。

2)本件発明が斜板の両面に球面を有する一対のスライディングシューをその球面を外側に配設したのに対して、甲第1号証に記載されたものは斜板の両面に一対のスライディングシューと別体のボールを外側に配設した点

3)本件発明が、2叉の最先端部を前記斜板と前記ヒンジ機構との間に配設したのに対して、甲第1号証に記載されたものはそのような構成をとっていない点。

各相違点について検討すると

相違点1)について

甲第1号証には「上記の可変角度斜板装置の場合では、斜板の角度は、明細書において参照として前述した米国特許第4108577号及び第4073603号(甲第2号証)に開示されているようなサーボ機構又は被制御クランクケース圧力によって制御できる。」(第3欄の第54行~第58行)との記載があり、斜板の角度をクランクケース圧力によって制御するために甲第2号証のような圧力調整手段を組み込むことを想定していることは明白である。そして、調整手段を組み込めば、斜板の傾斜角を変化させ、ピストンのストローク量を変化することは自明のことである。すなわち、相違点は甲第2号証に開示されており、甲第1号証には相違点を適用する旨の前記記載もあることから、圧力調整手段を組み込むことは当業者が容易に推考しうるものと認められる。

相違点2)について

本件発明が斜板の両面に球面を有する一対のスライディングシューを球面を外側に配設していることから、スライディングシューは、スライド面と球面を有する部材であり、甲第1号証に記載のシューとボールとの二部材から構成されるスライディングシューとは異なるものであり、甲第2号証及び甲第3号証には、揺動板とピストンとがロッドを介して球ジョイントにより連結されており、そもそもスライディングシューがない形式のものであり、上記相違点の構成についての記載はない。

ところで、請求人は弁駁書で「スライディングシューを一体成形することは慣用手段で、例えば特許異議申立時に証拠として提出された米国特許明細書第3746475号(1973年7月17日発行)(以下「刊行物1」という。)にも明示されている。」と主張し、相違点が慣用手段である旨言及している。前記構成が慣用手段とは直ちには認められないが、なるほど請求人の主張どおり刊行物1には、スライディングシューが一体に成形された本件発明と同様のものが開示されており、少なくとも前記構成が公知であることは否定できない。よって、相違点は異議申立時に請求人と異なる第三者の異議申立人の提出した証拠である刊行物1に開示されている。

相違点3)について

甲第2号証及び甲第3号証のいずれもピストンロッド及び斜板の開示に留まり、2叉に分離されたピストンロッド、ヒンジ機構については開示がなく、ロッド、斜板及びヒンジ機構の位置関係が2叉の最先端部を斜板とヒンジ機構との間に配設する点は記載されていない。

さらに、刊行物1は2叉に分離されたピストンロッド及び斜板の開示に留まり、ヒンジ機構及び前記相違点である2叉の最先端部を斜板とヒンジ機構との間に配設することについての記載はない。

よって、相違点は、甲第1号証乃至第3号証、さらに刊行物1のいずれにも記載されていない。

そして、本件発明は上記構成を採ることによって部品点数が少なく、ガタが生じにくく、圧縮容量制御をスムーズに行うことができるという甲第1号証乃至甲第3号証さらに、刊行物1に記載されたものからは予測できない作用効果を奏するものと認められるから、本件発明が甲第1号証乃至甲第3号証さらに、刊行物1に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明することができたとすることはできない。

4.むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張および証拠によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。

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